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2回目以降のあなたもこんにちわ こころが敏感すぎて人間社会で生きるのが 不器用なキミ 少しくつろいでいきませんか♪
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見に来てくださった方々ゴメンナサイ(^^)
頑張っていきますので、これからも宜しくお願いします。
実は久々に神経症が目を覚ましまして
眠っていてくれるといい子なのですが
強迫観念が強くなるのがたまに傷です。

テーマ:心と身体のケアを大切に!
ジャンル:心と身体
薬をもらって来た稼田です。
偽薬ではなく本物の薬ですが
飲んでると不思議と強迫観念が減って楽になります
今は色々いい薬があるので
こころあたりのある人はお医者さんに相談してみたらどうでしょう。

一服しながらゆっくり書きますので
暇な人がいたら読んでください。
僕もそうですが、他人とうまく付き合えない人
自分に自信がもてない人は
すぐに自分を責めてしまう傾向があります。
自分と一緒にいても、おもしろくないのではないか?
自分の態度が相手に反感をかっているのではないか?
自分は相手からミモいと思われていないか?
こうなるとますます自信をなくし、そんな自分が嫌になり
そんな自分の本心を知られるのを怖れ
他人にも心を開けなくなってしまうのです。
多くの人は、「自分を責めるのをやめたい」と思いながらも
子供のころから身に付いた、こころの癖に振り回され
結局、もとの状態に戻ってしまうのではないでしょうか?
時々、自分を省みて
自分の弱さ、未熟さ、いたらなさを
自覚するというのは、悪いことではありません。
自信をもち、堂々と生きている人とは
無神経で無反省で恥知らずな人間ではありません。
「自分の何げない一言が、他人を傷つけてしまったのではないか」
「自分は周りの空気をこわし、迷惑をかけているのではないか」と
自分の言動を省みて、他人の気持ちをおもんぱかることは
とても大切なことなのです。それをやめる必要はありません。
改善すべきことは
「どうせ自分は嫌われているのだ」
「自分は存在する価値がないのだ」
と、自己を否定してしまうことです。
内省的であることは、自分の個性なので
簡単に変えることはできないでしょう。
内省的であること自体が悪いわけではないので
無理に変えようとしないほうがいいと思います。
重要なことは、反省することの目的です。
自分を省みるのは、自分を責めて痛めつけることではなく
愛し、生かされていることのよろこびを大切するためです。
決して、自傷行為ではありません。
自分を責めてばかりいる人は
無意識のうちに他人への怒りや憎しみを抱えています
まわりの人間も、そのような変化にうすうす勘付いているものです。
他人に警戒心をもち
当たり障りのない態度で接する一方
「でも本当は愛されたい」という矛盾した感情が混じり合っています。
「自分を責めることで、自分はこんなに傷ついてる」と
無言のサインをまわりに送り
間接的に他人を非難し、相手が変わることを求めているのです。
そうして、求めては拒絶され
期待しては裏切られ、を繰り返すうちに
屈辱と無力感にさいなまれ、何もかもが嫌になり
付き合いそのものを避けるようになってしまうのです。
他人から認められることを目的として
自分を責めるのはやめなければなりません。
もし世の中で認められ、その目的をとげたとしても
こころの中の空虚な想いは消えず
近寄りがたい人間になってしまうだけです。
他人から認められるのに必死で
自分を大切にしない人間に、本当の自信はもてません。
「自分を理解し、自分を好きになる」ためには
自分の弱い部分やみにくい部分と向き合う必要があります。
他人に傷つけられたときは
「自分も過去に同じようなことをしたことはないか?
こうして自分が傷つけられて、ようやく他人の心の痛みが判ったのだ」
と考えるようにしてみてください。
他人に喜んで貰おうとしたことで
まったく感謝されずにがっかりした時は
「まてよ、自分は恩を受けた人すべてにちゃんと感謝を示してきただろうか」
と思いを巡らせてみてください。
日々の何げない生活の中でも
「食べものや寝る場所が与えられることに感謝します」と
心の中で感謝の祈りを捧げてください。
どれだけ自分が他人から許され、救われ
支えられているかが判るようになるでしょう。
「自分を責め、自分を嫌いになる」のはよくありませんが
「自分が好きだからこそ、自分を責める」のは、悪いことではありません。
同様に
「他人が嫌いだから、他人を責める」のもよくありませんし
「相手が好きだからこそ、本気で怒る」のは、悪いことではありません。
自分の弱さを認め、自分を受け入れれば
他人も理解しやすくなります。
自分を肯定できない人間は他人と打ち解けることができません。
自信をもてない人の多くは
「自分の価値がさがるのを怖れている」か
「誰からも好意をもたれていないのではないか」
という劣等感をこころのクセとして持っています。
では、他人に勝って相手を見くだせば幸せになれるのかというと
その先には何もありません。
勝利にこだわり、他人を見下すことよりも
弱い立場の人の気持ちが判ることのほうが、はるかに価値があります。
自分の弱さから目をそらす人は、他人の弱さも受け入れられません。
罪を憎んで人を恨まず」という言葉もありますが
もし自分が他人に傷つけられたときは
相手を責めるのではなく、相手のその弱さを哀れみましょう。
きっと自分にも同じような弱さを持っているはずです
誰も傷つけず、誰にも迷惑をかけずに生きていける人はいません。
他人は自分を映す鏡なのです。
自分の弱さを受け入れられるようになれば
不思議と他人にも優しくなり、心が安らかになります。
そして、「もっと自分も成長したい」という意欲や情熱がわいてきます。
怒りのエネルギーを、自分を成長できる方法で発散させるのです。
人それぞれ、何が合うかはわかりませんが
僕はすっきりしたい時には「ひとりカラオケ」やバッティングセンターに行きます。
自分の中の負の感情は出来るだけ発散させ
他人には向けたくないという性質のようです。
自分をおとしめるような反省は、他人に見せるためのポーズに過ぎません
本当に反省ができる人は、安易に謝れば済むとは思っていません
自分を責めずに、いつも付き合ってくれる
自分自身は世界で最高の相棒なのです
他人とうまく行かない時には
まず自分自身との付き合い方を見直してみましょう。
押してぇ押してぇ♪
テーマ:心と身体のケアを大切に!
ジャンル:心と身体
記事に影響でないかな?
深呼吸しながら書くことにします。
今日は何故か親から自立できない人について
念のため断らせていらだきますが
親と一緒に暮らすことを否定してるわけじゃないですよ
サザエさん見てますし。笑

成功不安しそうになると何故か不安になってしまう人がいます。
人生において成功することは、嬉しいことのはずなのに
いざ自分が成功しそうになると、なぜか不安になってしまうのです。
試験のために猛勉強し、満点をとれるはずなのに、わざと間違った解答をしてしまう。
不満など少しもない異性と晴れて結ばれそうになった途端、自分から別れを告げてしまう……。
成功することを求めて努力してきたのに、心のどこかで、「自分は成功してはいけない、幸せになってはいけない」とブレーキをかけているのです。
そんなやついるの?
って思うかもしれませんが、理解できない人は幸せだと思います。
ですが間違いなくあなたの近くにもいるはずです。
そういう人は、「子離れできない親」に育てられた可能性があるんです
典型的な例が、息子をマザコンにしてしまうような母親です
息子の成長を願い、「早く結婚して一人前になりなさい」と口先では言っているのですが、本当に息子が結婚して独立しようとすると、あらゆる手を尽くして、それを邪魔しようとするのです。
子離れできない親は、我が子から必要とされ、頼られることが生きがいなのです。
「私がついていなければ、この子はダメなんだから」と思いたいのです。
そのため、子供の長所よりも、欠点ばかりに目を向けさせようとします。
表向きは子供の成長を願うふりをして、一方では、自信を喪失させるために、巧妙に劣等感を植え付けるのです。
見事に術中にはまった子供は、「親の期待に応えられない自分は、情けない人間だ」と深い罪悪感を抱いてしまいます。
まさか自分の親がそんな駆け引きをしているとは夢にも思いません。
そういう子供は、幼いころから、自分が成功すれば親が不機嫌になることを敏感に感じとっています。
長年の積み重ねにより、「親の愛情を受け続けるためには、何らかの落ち度が必要である。自立してしまえば、親の庇護を受けられなくなる」という不安を抱えてしまうのです。
やがて、自分でも気づかないうちに、「幸せになると、他人から見捨てられてしまう」という誤った考えがくせになってしまいます。
いわれのない罪悪感、劣等感に苦しめられている人は、勇気を出して、「幼いころの嫌な記憶」を思い出してみてください。
大人に言われて、悲しかったこと、つらかったこと、悔しかったこと……。何の悪気もないのに、「自分は悪い子だ」と思い込まされたこと……。
大人になった今なら、そのほとんどが、自分の責任ではなかったことに気づくでしょう。
幼い子供が、自らの確信的な悪意によって悪事をはたらくことなどありません。
その罪悪感は、強制的に植え付けられたものです。
未熟な親は、子供のはつらつとした無邪気さに嫌悪感を抱きます。
自身も子供のころにそれを抑えつけられて悔しい思いをしたので、無意識のうちに、「しつけ」という口実を用いて、同じように子供を抑えつけようとするのです。
本当に自分の責任ではなかったことを、
はっきりと「自分は悪くない」と思うことは、まったくわがままではありません。
もし抵抗を感じるなら、それもまた、いわれなき罪悪感が染みついてしまっている証拠です。
「自分は悪くない」とはっきり主張できる人は
本当に自分が悪いと思ったときには、素直に反省する謙虚さをもち合わせています。
何よりも重要なことは、「自分の頭で判断する」ということなのです。
自分の責任ではなかったことで悩むのは、もうやめましょう。
だからといって、自分を苦しめた人を恨んでも何も始まりません。
人を恨むということは、まだその人に心をコントロールされていることを意味します。
無意味なことに心のエネルギーを使うのをやめて
未来に向けて有効なことに使いましょう。
それが、自分を大切にするということに繋がるです。
押してぇ押してぇ♪
テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
ジャンル:心と身体
僕はここ数年3月〜5月にかけてが調子をくずし易いです
花粉症とかと関係あるんですかね?
さて、ちょっと前に目撃して感じたことを
話してみようと思います。
時間があったら読んでいってくださいね。

先日、近所を歩いていたときのことです。
ちょっと広い横断歩道を渡ろうとしたところ
信号が赤に変わりかけていたのですが特に急いでいなかったので、待つことにしました。
すると後ろから、若いお母さんと、幼稚園児くらいのの娘さんが猛然と駆けてきました。
お母さんは、「早く!急ぎなさい!」と、娘さんに叫んでいます。
娘さんは、今にも泣き出しそうな顔で、必死でお母さんの後を追ってきていました。
結局、間に合わず信号は赤に変わってしまいました。
お母さんは、「ほら、あんたがグズグズしてるから、渡れなかったじゃないの!」と、娘さんを叱りつけました。娘さんは、ついに大声を上げて泣き出してしまいました。
よほど急がなければならない事情があったのだろうと思って見ていると、信号が青に変わった後、そのお母さんは、特に急ぐ様子もなく、悠然と歩いていきました。
信号を待つ時間なんて1,2分辛抱です。1日24時間の中で、1,2分の損が、それほど重大なものでしょうか?
娘さんにしてみれば、のんびり、お母さんと会話を楽しみながら歩きたかったのではないでしょうか。
たぶん、あのお母さんも悪気があったのではないでしょうが、青信号が点滅しているというだけで、「早く渡らなければいけない」と勝手に思い込んでしまったのでしょう。
気になったのはいらだちを自分が愛を注ぐべき対象である娘に怒りとしてぶつけた事です。
おそらくお母さんは怒った事などすぐに忘れてしまうでしょう
反対に娘さんにしてみたら、この数分は下手をしたら一生こころに焼きつく事件だったかもしれません。
自分を保護し、受け入れてくれるはずの母親が人のいる往来で怒りをあらわにしたのです。
あの女の子は自分はなんという失敗をしたのだろうと激しく落ち込んだでしょう。
ですが今回の場合、短気だったのは母親の方で、娘に対して釣り合わぬ怒り方をしただけなのです。
人間、時にはイラッとくる時もあります。
嫌な事が続いたり、体調のせいで、つい他人に当たってしまうこともあるでしょう。
大切なのは自分のしたことをちゃんと自覚しているか、どうかです。
自分の吐き出した負の感情を押し付けられた
相手の気持ちを、落ち着いてからでもいいですから
想像する「こころのゆとり」を持っているかどうかです。
わずか数分の遅れが、彼女の人生にいったいどれだけの影響を与えるというのでしょう
ときには本当に急がなければならないときもあるでしょうが、そんなことはごく稀で、ほとんどの場合、一分一秒を急ぐ必要などないはずです。
信号が赤になって娘を叱り付けるほど急いでいるならば、家をほんの数分早く出ればよかったのです。
いつも何かにせき立てられるように急ぎ、焦り、イライラしている人は、生活のテンポを少し落としてみませんか。
イライラすることの原因のほとんどは、自分の思い込みです。
目の前で信号が変わってしてしまったとしても、悔しがることはありません。
何も損などしていないのです。
「まわりの景色をのんびり眺めて、これからの予定を確認している間に懐かしい友人にばったり再会したり、新たな出会いがあったりするかもしれません
そういうイレギュラーがあるから人生は面白いのです。
生活のテンポを落としてみれば、心に余裕ができます。
時間に関することにかぎらず、「自分の勝手な思い込み」を見直すきっかけになります。
自分の思い通りにならずに腹が立ったときは、まず、「こうあらねばならない」という思い込みを疑ってみてください。
そして、自分に問いかけてください「思い通りにならなかったといって、いったい、自分はどれだけ損をしたというのだろうか」と
本当に腹を立てるべきことなど、めったにないはずです。
押してぇ押してぇ♪
テーマ:病気と付き合いながらの生活
ジャンル:心と身体
体調をくずさないように気をつけてくださいね
今日のサプリは人付き合いにスポットを当ててみました。
対人恐怖を持つ人にとって人づきあいは
大変なエネルギーを消費します
その日の状態によっても上下しますが
家に帰ってくると、どっと疲れを感じる日もありますよね?
頑張ってるのに、全然まわりと打ち解けられない
そんな心あたりのある方には参考になるかもしれません
気持ちを楽にして読んでくださいね。

たいていの人は、他人から「暗い人間」だと思たくないものです
だから自分を明るく見せようとして、精一杯の作り笑いをしたり
不自然にはしゃぎまわったりしまうこともありますよね。
だけど反面、心の中は冷めていて
他人にへつらっている自分に嫌気がさしてしまったり
ひとりでいる時より孤独を感じてしまいませんか?
友達同士のノリのよい会話についていけない
そんなふうに悩んでいる人もいますけど
ノリの良さって、所詮その場かぎりの雰囲気づくりで
腹を割って話あってるとは限らないんですよ。
だからノリについていけないからって
自分は人と心が通じ合えないというわけじゃありません
ノリの良さと豊かな人間関係を結べるかどうかは
まったくの別物です。
口数が多い人や冗談のうまい人をうらやましいと思いますか?
でも明るい人が口が上手いとは限りません
他人から明るい人だと思われたいなら、まず相手を尊重することです
誰でも、自分を認めてくれる人に対しては好意を持ちますよね?
どれだけ活発で饒舌な人でも、
自分を尊重してくれない人に好感は持てません
そういう人を明るい人だとは思わないものです。
相手の反応や様子も考えず
「自分が明るい人間だと見られたい」ばかりに
必死でウケを狙っても、煙たがられるだけです。
芸人のような、うまい冗談を言って笑わせたりする必要はありません(できるなら、それに越したことはありませんが)。
相手の存在を認め、共感し、つねに気にかけてあげさえすれば、充分に「明るい人間」だと思われるものです。
仲良くなろうと積極的に話かけてるのに
なかなか人の輪にとけ込めないという人もいますが
相手の反応も考えず一方的に会話を押し付けてませんか。
人付き合いの苦手な人は
「自分はこの社会になじめるか、どうか」
という結論を急ぎすぎる傾向があります。
自分では意識していないかもしれませんが
他人が自分の敵か味方かということに敏感になりすぎて
すぐにはっきりさせなければ気がすまないのです。
後で嫌われて傷つくくらいなら、はじめから距離をおこう
という警戒心がはたらいていませんか?
他人と心を通わせるには、時間が必要です
だから、うち解けあうのに時間がかかるのは
ちっとも恥ずかしいことではありません。
いきなり親密になれなくても
むしろ、その方が普通なのです
焦って相手との距離を縮める必要はありません。
まわりから拒絶されることを怖れてしまうのは
「自分が認めてもらえるか、どうか」ということを気にかけすぎるからです。
あえて言うなら、他人から疎んじられる人というのは、自分が認められることばかり求めている人のなのです。
人間はひとりでは生きられず
どこかの社会に依存しなければならないものです。
まず自分から他人を認め、結果を急がず
じっくり時間をかけて信頼関係を築く。
これさえ守っていれば、どこの社会でも受け入れられるはずです。
押してぇ押してぇ♪
テーマ:心と身体のケアを大切に!
ジャンル:心と身体




